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東京地方裁判所 平成元年(ワ)10234号 判決

原告

村山治

右訴訟代理人弁護士

紀藤正樹

黒澤計男

被告

住宅・都市整備公団

右代理者理事

青柳幸人

右訴訟代理人弁護士

横山茂晴

片岡廣榮

大橋弘利

右指定代理人

宮地真樹

外一名

主文

原告の主位的及び予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一主位的請求

1  原告と被告間の、東京都多摩市永山所在多摩ニュータウン永山団地二丁目第三街区第三号棟第三〇一号室(鉄筋コンクリート造八階建の一戸。以下「本件建物」という。)の賃料は、平成元年四月一日以降一か月七万九九〇〇円であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、五万〇三三七円及びこれに対する平成三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二予備的請求

1  原告と被告間の本件建物の賃料は、平成元年四月一日以降一か月八万一〇三七円を超えないことを確認する。

2  被告は、原告に対し、二万六四二〇円及びこれに対する平成三年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  原告は、昭和五九年一一月一四日、期間同月二六日から起算して一年、賃料月額七万九九〇〇円の約定で被告から本件建物を賃借し、その後この賃貸借契約が更新されてきた。

2  原告は、平成元年三月ころ被告から本件建物の賃料を同年四月から月額八万二二九七円に増額する旨の意思表示を受けた。この賃料増額分二三九七円は、従前賃料額七万九九〇〇円の三%に相当し、消費税を賃料に転嫁したものである。

3  原告は、平成元年四月分から平成二年一二月分まで右増額賃料を被告に支払ってきた。

二原告の主張(その当否が本件の争点である。)

1  主位的請求について

土地の貸付けを非課税とし、建物の貸付けに消費税を課する消費税法の規定は憲法一四条に違反し無効であり、また、簡易課税制度や限界控除制度等を採用している消費税法は憲法三一条、八四条に違反し無効である。したがって、被告がその賃貸住宅の家賃に消費税を転嫁することも違憲無効である。

よって、原告は、被告に対し、平成元年四月一日以降本件建物の賃料が従前どおり月額七万九九〇〇円であることの確認と、平成元年四月分から平成二年一二月分まで一か月二三九七円、合計五万〇三三七円の不当利得金の返還を求める。

2  予備的請求について

本件建物の従前賃料(以下「本件賃料」という。)のうち、①土地使用料相当部分、②償却費のうち利息相当部分及び損害保険料相当部分、③貸倒れ及び空家による損失を補填するための引当金相当部分、④固定資産税及び都市計画税相当部分は、いずれも消費税法二八条一項にいう「課税資産の譲渡等」又は「課税資産の譲渡等の対価」に含まれず、これらの部分に消費税が課されることはない。これらの部分にも消費税が課されるものとして、これを転嫁することは違法であり、無効である。

本件賃料のうち、①土地使用料相当部分は月額一万六〇〇〇円を、②償却費のうち利息相当部分及び損害保険料相当部分は月額一万七〇〇〇円を、③貸倒れ及び空家による損失を補填するための引当金相当部分は月額七〇〇円を、④固定資産税及び都市計画税相当部分は月額八三〇〇円を、それぞれ下らない。本件賃料から以上の合計額四万二〇〇〇円を控除すると三万七九〇〇円となり、本件建物の貸付けに課される消費税の額は一一三七円である。

よって、原告は、被告に対し、平成元年四月一日以降本件建物の賃料は月額八万一〇三七円を超えないことの確認と、平成元年四月分から平成二年一二月分まで一か月一二六〇円、合計二万六四二〇円の不当利得金の返還を求める。

第三判断

一主位的請求について

1  被告が賃貸する住宅の家賃の決定に関する法規

被告は、住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡等を行う場合においては、他の法令により定められた基準がある場合においてその基準に従うほか、建設省令で定める基準に従って行わなければならない(住宅・都市整備公団法三〇条一項)。

住宅・都市整備公団法施行規則は、賃貸住宅の管理等の基準として、次のように規定している。

「公団が賃貸する住宅(以下「賃貸住宅」という。)の家賃は、賃貸住宅の建設(賃貸住宅の取得を含み、賃貸住宅に必要な土地の取得及び造成を除く。)に要する費用(当該費用のうち借入金に係る部分に対する建設期間中の支払利息等を含む。以下同じ。)を償却期間(耐火構造の住宅にあっては七十年、簡易耐火構造の住宅にあっては四十五年とする。)中利率年五分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額(以下「償却費」という。)に修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料、貸倒れ及び空家による損失を補てんするための引当金並びに公租公課を加えたものの月割額を基準として、公団が定める。」(四条一項)

「公団は、次の各号の一に該当するときは、前条の規定にかかわらず、建設大臣の承認を得て、家賃(敷金を含む。以下この条において同じ。)を変更し、又は家賃を別に定めることができる。

一  物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき。

二〜四 (省略)」(五条)

なお、税制改革法は、「事業者は、消費に広く薄く負担を求めるという消費税の性格にかんがみ、消費税を円滑かつ適正に転嫁するものとする。」と規定している(一一条一項前段)。

2 消費税法の規定の違憲無効の主張について判断する必要性

本件建物の賃料の増額は、右のような法令の定めに準拠して決定されたものであると認められるところ、消費税を賃料に転嫁したものであることは争いがないから、消費税法の規定が違憲無効であるときは、増額の根拠を失うこととなるものである。

3 憲法一四条違反の主張について

原告は、建物の貸付けと土地の貸付けとで課税、非課税の取扱いを区別している消費税法の規定は憲法一四条に違反する旨主張する。

租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかないものであるところ(最大判昭六〇・三・二七民集三九巻二号二四七頁参照)、消費税法は、昭和六三年六月一五日に行われた税制調査会の答申の趣旨にのっとって行われる税制の抜本的な改革の一つとして、「現行の個別間接税制度が直面している諸問題を根本的に解決し、税体系全体を通ずる税負担の公平を図るとともに、国民福祉の充実等に必要な歳入構造の安定化に資するため、消費に広く薄く負担を求める消費税を創設する」として(税制改革法一〇条一項)、定立されたものである。

消費税法は、課税の対象として、「国内において事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。」と規定するが(四条一項、二条一項八号、二項)、原告が指摘するとおり(原告の昭和六三年五月一三日付準備書面五七頁)、消費に負担を求める税としての性格上、土地の譲渡及び貸付けや支払手段の譲渡などのようなものは、本来的に消費としてとらえ課税対象とすることにはなじまない性質のものである。

そこで、消費税法は、右のような性質のものと社会保険医療や社会福祉事業、教育に関する役務の提供などのうち社会政策的な配慮から非課税とするものをそれぞれ列挙して、「国内において行われる資産の譲渡等のうち、別表第一に掲げるものには、消費税を課さない。」と規定しているのであって(六条一項)、土地の貸付けと建物の貸付けとは、消費に負担を求める税の性格から見た場合、本来性質の違うものである。したがって、両者について課税上の取扱いを区別したとしても、憲法一四条違反の問題は生じないというべきである。この点をあえて同列に論じる原告の主張は、採用することができない。

なお、消費税法の一部を改正する法律(平成三年法律第七三号)は、非課税範囲の見直しとして、社会福祉事業法に規定する第二種社会福祉事業として行われる一定の資産の譲渡等、助産に係る資産の譲渡等、埋葬料及び火葬料を対価とする役務の提供、一定の身体障害者用物品の譲渡等、学校その他一定の教育施設における教育に係る入学金等、教科用図書の譲渡並びに住宅の貸付け(一時的に使用させる場合等を除く。)を新たに非課税としたが、「この種の非課税取引をどの程度設けるかは、政策的配慮と税制の中立性や制度の簡素性との間の比較考量によること」であって(税制調査会「税制改革についての中間答申(昭和六三年四月)」)、立法政策の問題である。

4 憲法三一条、八四条違反の主張について

原告は、簡易課税制度や限界控除制度等を採用し、消費者から支払われた消費税の全部又は一部が事業者の手元に残ることを認めている消費税法は憲法三一条、八四条に違反する旨主張する。

しかし、消費税法が徴税方式として右のような制度を採用していることが、被告と原告との関係においてどのような意味を持つというのか、何ら具体的に主張されているものでなく、また、本件建物の賃料の構成原価が明らかにされていないことを問題にしている点も、後述のように独自の見解を前提とするものであって、原告の主張は採用することができない。

5 以上のとおり、消費税法の規定が違憲無効であるとの主張を前提とする原告の主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二予備的請求について

1  課税標準に関する法令の規定

消費税法は、「課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする。以下この項及び次項において同じ。)とする。」と規定し(二八条一項本文)、消費税法施行令は、「事業者が課税資産の譲渡等に係る資産(以下この項において「課税資産」という。)と課税資産の譲渡以外の資産の譲渡等に係る資産(以下この項において「非課税資産」という。)とを同一の者に対して同時に譲渡した場合において、これらの資産の譲渡の対価の額(法第二十八条第一項に規定する対価の額をいう。以下この項において同じ。)が課税資産の譲渡の対価の額と非課税資産の譲渡の対価の額とに合理的に区分されていないときは、当該課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、これらの資産の譲渡の対価の額に、これらの資産の譲渡の時における当該課税資産の価額と当該非課税資産の価額との合計額のうちに当該課税資産の価額の占める割合を乗じて計算した金額とする。」と規定している(四五条三項)。

2  原告の主張について

原告の主張は、要するに、「本件家賃に消費税を課す場合」、住宅・都市整備公団法施行規則四条一項に掲げるもののうち、その主張の土地使用料相当部分等は消費税法に定める「課税資産の譲渡等の対価の額」には該当しないというのである。

しかし、先に見たとおり、消費税法は、「国内において事業者が行った資産の譲渡等」を消費税の課税対象と定め(四条一項)、「資産の譲渡等」とは「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供」をいうと規定している(二条一項八号)。

消費税法は、消費税の課税対象について右のように包摂的な規定をした上で、「国内において行われる資産の譲渡等のうち、別表第一に掲げるものには消費税を課さない。」とし(六条一項)、同法別表第一第一号は、「土地(土地の上に存する権利を含む。)の譲渡及び貸付け(一時的に使用させる場合その他の政令で定める場合を除く。)」と定めている。そして、同法施行令八条は、「法別表第一第一号に規定する政令で定める場合は、同号に規定する土地の貸付けに係る期間が一月に満たない場合及び駐車場その他の施設の利用に伴って土地が使用される場合とする。」と規定しているのであって、理論的には土地の貸付けが消費としてとらえることになじまない性質のものであっても、政策的に右規定のような土地の使用の態様に消費としての性格を認め、これを消費税の課税対象とすることは、立法政策の問題に属する。

したがって、建物の貸付けに伴ってその建物の敷地が使用される場合、敷地の使用に相当する対価の部分を含め、建物の賃料として収受される金額の全部(ただし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まない。)が「課税資産の譲渡等の対価の額」に該当するものであり、その取引行為に消費税が課されるものと解するのが相当である。

原告の主張は、建物の貸付けに伴ってその建物の敷地が使用される場合でも、その敷地の使用に相当する対価の部分は「土地の貸付け」として非課税とされるべきであるというのであって、独自の見解というほかなく、本件建物の賃料について、消費税法施行令四五条三項の適用、準用又は類推適用の余地はない。

3  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、予備的請求も理由がない。

三文書提出命令の申立について

原告の文書提出命令の申立(当庁平成三年モ第三一二五号)は、申立に係る文書の取調べの必要がないことが明らかであるから、これを却下する。

(裁判官石川善則)

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